2008年09月12日

最終章 過去の話をしよう


 僕らは、いつの間にか出会っていた。そんな言葉で、2人の関係は表せると思う。お互いに、忘れていただけ。でも、その瞬間に、坂野は思い出していた。
 僕らは、ずっと前に出会っていた。確か、小学校の6年生の夏。互いに、同じ場所に旅行に来ていたのだ。
「君と、私、出会えたって凄い!」
 あの笑顔を、どうして僕は忘れた?
「僕達また会えるよ。絶対、絶対に」
 交わした約束を、坂野は覚えていたのだろうか。覚えていたに違いない。
 でも、僕らは変わっていった。あの2週間の思い出は薄らぎ、やがて忘れられた。

「本当に、信じられない」
 紅茶をゆっくりとすすりながら、唯は何度も首をかくかくと上下させた。唯の髪は、最近ずいぶん長くなった。大人に近づいてるって感じだ。
「私忘れかけてた。和哉との約束。大事ーな約束」
「でも唯は俺より先に思い出しただろ」
「確かに。和哉よりはボケてなかったね」
「ボケてたとはなんだボケてたとは」
 静かに、時は流れていた。窓辺を飛んでいく小鳥、木の葉が風にのって奏でるサラサラとした音、時折響く笑い声。優雅な生活とは言ったものだ。




……僕らは約束をもう二度と忘れない。互いの薬指の指輪が、その証明をするだろう。





end.
ニックネーム 由姫 at 21:12| Comment(0) | わずかな時の【期間小説】

2008年08月23日

第4章


 坂野も俺も、それから毎日道場に通うようになった。一緒に稽古することは一度もなかったが、その後の片付けを2人でやるのがいつもだった。
「名城君はさ、大会でいい成績を取った事あるの?」
 いつものとうり坂野とモップがけをしている時に、突然聞かれた。なんとなく言うのが照れくさくて、つい癖で鼻の頭をかいてしまう。
「まあ、個人で関東ベスト8たったのが一番よかったかな。坂野は?」
 そう言って横の坂野を見ると、目を丸くした坂野が俺を真っ直ぐに見ていた。どき。どうしたんだろう急に。
「な、何?」
「…癖……鼻の頭…」
 坂野は半ば呆然としていて、口も半端に開いたまま俺を見つめて呟いた。
「ああ。俺、こう言うときに鼻の頭をかく癖があるんだよね…って、これがどうかしたのか?」
「……嘘……嘘でしょ…?」
「坂野?おい、大丈夫かよ?なんかしたか俺?」
 おいおいおい。目が完璧に混乱してるよ。どうすればいいんだ俺。
「なあ、さか――」
「ごめん、私先に帰るね!あと片付けの残りよろしく!」
「えっ、ちょっ……」
 俺の言葉も聞かずに、坂野はTシャツ短パンで道場を飛び出した。逆に呆然とする俺。
 一体全体どうなってんだ?



続く.
ニックネーム 由姫 at 15:55| Comment(0) | わずかな時の【期間小説】

2008年08月20日

第3章


「どうかしたのか?」
「え、あ。いや、ないでもないの、なんでもないの…」
 2回目のなんでもないの、は自分に向けていっているかと思うほど、坂野は俯いていた。首が180度に落ちそうなくらい。ちょっと心配になった。
「おい、調子でも悪くなったりした?」
 俺の言葉にハッとしたのか、坂野は慌てて俺を見た。少し目が潤んでいたのは、俯いていたせいだろうか。なぜか、胸がチクリと痛くなった。
「ごめん。なんか自分の世界に入ってた。名城君、私のこと変だと思ったでしょ」
「いや、それほど?てっきり気分悪くなったのかと思ったから」
「そっかーよかった」
 坂野がわざとらしく胸を撫で下ろしたので、ちょっと笑えた。坂野の小指に指輪が光っているのがちらりと見えたのが気になったけど、聞く気にはなれなかった。初対面の子にそんな細かいこと聞いてたら俺、絶対気持ち悪く見えると思う。

「あ、モップがけの途中だったな」
 ふと、俺達は道場の真ん中で二人きりになっている事に気がついた。「二人きり」と頭に浮かんだ瞬間から、わずかな緊張が体に走る。今までは全然大丈夫だったのに、情けないぞ俺。
「そうだった。私後片付けやっておくから、名城君着替えてきていーよ」
「いや、俺も手伝うよ」
「ありがと」
 俺は坂野の笑顔を見てから、モップのあるロッカーへ小走りで向かった。



続く.
ニックネーム 由姫 at 23:05| Comment(0) | わずかな時の【期間小説】

2008年08月19日

第2章

 ちびっこ達が帰って、彼女がモップがけを始めたので、俺は声をかけてみることにした。
「あの、さ」
「はい」
 彼女は振り返って俺を見た。で、まずゼッケンを見て「名城」と言う名前を確認する。それから顔を見る。これを何回か繰り返した後、目を丸くした。
「へえぇ……」
「え?」
「あなたのこと、大人の先生だと思ってた」
 なるほど。俺はいつも子供達とは練習せず、大人たちに混ざって練習してるからな。背も高めだし、面をつけてて顔見えないし。
「同じくらいの年の子が同じ道場にいたのを今まで知らなかったなんて。いつも来てた?」
「いや、たまにしか」
「そっかー!だからわかんなかったんだ」
 彼女は喋るたびに目がキラキラとしてきた。そんなに俺に会ったのが嬉しかったのか?まあ、この道場にはちびっこかおじさんおばさんばかりだから、高校生は珍しいんだけど。そこまで考えて、ふと思った。
「ところで、君の名前は?」
 彼女はゼッケンを今つけていなかったから、名前がわからなかったのだ。
「ああ、私?私は坂野。坂野唯だよ。名城君の下の名前は?」
「和哉だけど」
「ふーん。和哉……和哉…ね……」
 坂野は俺の名前を何回かぶつぶつと呟いていた。俺が見えないかのように俯いて。その表情からして、なにか彼女にとってひっかかる部分があったらしいのは確かだった。






続く.
ニックネーム 由姫 at 17:47| Comment(1) | わずかな時の【期間小説】

2008年07月27日

第1章

 じとじとべとべとの中に、一人だけさらさらがいた。
 本日の予想最高気温は三十六度。メガネのおじさんは確かにテレビの中で言っていたのに、それは嘘だったのだろうか。いや、そんなことはない。その周りの人や俺自身は、汗がだらだらと首を伝い、べとべとだ。大体、この真夏に剣道をやって、汗をかかないわけがない。
 しかしこの道場の中一人だけ、汗一つかいていない子がいた。日焼けを知らないかのような白い肌が、周りの日焼けした小さな子供達の中でとてもよく目立っている。初めて見る顔だった。
「お姉ちゃんお姉ちゃん、もう一回やってー!」
 小学生低学年ぐらいの子供達が、彼女を取り囲んで、何かをせがんでいるらしい。彼女はちょっと照れた微笑みを見せ、竹刀を握りなおした。
「しょうがないなぁ。あと一回だけね?皆下がって」
 彼女が打ち込み用の人形の前に立ち、スッと構える。見ていてすぐにわかる。あの子、絶対に強い。相手の喉元を真っ直ぐに捕らえた剣先、なめらかな曲線を描く肩。美しい構えだ。
「やっ!」
 気合のこもった短い声を出すと、一瞬で真剣な顔つきに変わる。同時に、周りの雰囲気も変化した。大きく踏み込んだ右足が、サッと床と擦れて音を立てる。振りかぶった竹刀は、剣筋が返り、的確に人形の胴を狙っていた。
「胴!」
 バコーン!!と、見事に決まった音が道場に響いた。「わー!」とはしゃぐ子供達。
「今のはいい胴だなぁ」
 道場に稽古に来ているおじさん達は、顔を見合わせていた。
 あの子は一体何者なんだろう?
ニックネーム 由姫 at 14:26| Comment(1) | わずかな時の【期間小説】