2008年07月27日

第1章

 じとじとべとべとの中に、一人だけさらさらがいた。
 本日の予想最高気温は三十六度。メガネのおじさんは確かにテレビの中で言っていたのに、それは嘘だったのだろうか。いや、そんなことはない。その周りの人や俺自身は、汗がだらだらと首を伝い、べとべとだ。大体、この真夏に剣道をやって、汗をかかないわけがない。
 しかしこの道場の中一人だけ、汗一つかいていない子がいた。日焼けを知らないかのような白い肌が、周りの日焼けした小さな子供達の中でとてもよく目立っている。初めて見る顔だった。
「お姉ちゃんお姉ちゃん、もう一回やってー!」
 小学生低学年ぐらいの子供達が、彼女を取り囲んで、何かをせがんでいるらしい。彼女はちょっと照れた微笑みを見せ、竹刀を握りなおした。
「しょうがないなぁ。あと一回だけね?皆下がって」
 彼女が打ち込み用の人形の前に立ち、スッと構える。見ていてすぐにわかる。あの子、絶対に強い。相手の喉元を真っ直ぐに捕らえた剣先、なめらかな曲線を描く肩。美しい構えだ。
「やっ!」
 気合のこもった短い声を出すと、一瞬で真剣な顔つきに変わる。同時に、周りの雰囲気も変化した。大きく踏み込んだ右足が、サッと床と擦れて音を立てる。振りかぶった竹刀は、剣筋が返り、的確に人形の胴を狙っていた。
「胴!」
 バコーン!!と、見事に決まった音が道場に響いた。「わー!」とはしゃぐ子供達。
「今のはいい胴だなぁ」
 道場に稽古に来ているおじさん達は、顔を見合わせていた。
 あの子は一体何者なんだろう?
ニックネーム 由姫 at 14:26| Comment(1) | わずかな時の【期間小説】

2008年07月15日

冷たいコーヒー


「まだ、来ないのかな……」

静かな部屋の真ん中に、湯気がもやもやとたっている。ため息をついたら、それが一瞬揺らぎ、また元に戻る。
2つのマグカップにはコーヒーが入っていて、片方はもう半分しか残っていない。今は夏なのに、コーヒーはホットだ。別にそれほどこだわりはないけど、この湯気の感じが好きだから。

彼はまだ帰ってこない。彼が「ちょっと食べ物調達してくるわー」と言って家を出たのは16分前。何が食べたい?と聞かれたから、ドーナツ、とだけ答えておいた。たしか駅前のミスドはこの時間帯は空いているはず。彼は私の好きなドーナツを買ってきてくれるだろうか。チョコのたっぷりかかったドーナツ。甘くて、これがまたコーヒーの苦味と絶妙に合うんだよな。

……考え事をしていたら、もう25分も立ってしまった。なんで帰ってこないんだろう。心配が胸をきゅっと締め付ける。

知らず知らず体は立ち上がり、玄関のドアを開ける。小走りで駅前に向かう。

「……いた!」

彼はミスドの前のベンチでボーっと座っていた。私が小走りでやってくるのをみると、なんだか申し訳なさそうに笑った。私は少し荒くなった息を落ち着かせながら、彼の隣に座る。

「どうして帰ってこなかったの」

「いや、それがさ……ないんだよね、あれが」

「何が?」

「あのチョコのかかったドーナツ。今品切れしちゃってて。で、今作っているんだって。だから、待ってた」

「そこまで…しなくてもよかったのに」

「でも、俺もちょうどそれ食いたかったんだよ」

彼は照れくさそうに頭をかいた。おとなしく店内でまってればよかったのに。こんなに額に汗をかいて。

結局、私も一緒にドーナツを待つことにした。日差しが暑かったけど、彼と一緒にいれば十分楽しかった。


……あ。

コーヒー、もう冷めちゃったかな。



end.
ニックネーム 由姫 at 21:03| Comment(2) | 夕立後に会いましょう【短編集】

2008年07月13日

早く終わってほしい時に長くて

このままでいたいほど早く終わる

それが時間なんだなぁ
ニックネーム 由姫 at 14:24| Comment(0) | ふと、哲学的な一言【言葉】

2008年07月03日

これって、愛なのかな?


 目の前には、問題集やノートが広がっている。そのうち8割近くは理科であり、あとは数学と少しの英語

「なあ〜やっぱりわからないよ」

ベしゃっとうつぶせになる彼を見て、ため息がでる。

「わからないって言っても、追試はもう逃れられないんだから。もう少しだけがんばろ、ね?」

そう言って励ましてはみるけど、膨れた頬はなかなか空気が抜けない。
彼のふてくされの理由。それは、この前のテストで追試を食らってしまった事だった。彼はそれを知ると、すぐさま私の前に現れた。そして直角に腰を曲げ「俺に勉強を教えてくれ!!」。だと。
 だから今、放課後の教室で教えてあげているわけ。だけど追試を受けるほどあって、なかなか教えた通りに解いてくれない。

「……俺、きっと脳みそが普通の3分の1ぐらいしかないんだよ」

「なに言ってるの?それよりほら、ここプラスとマイナス全部反対」

「えー!」

彼はトンカチで頭を殴られたような滑稽な顔をして――この1時間だけでもう何十回もした顔だけど――ばんざいをした。

「お、落ち着いて、もう一度、解こう?」

作り笑をして、問題集をシャーペンでコツコツと叩いてみせる。
彼はしばらく頭をかいていたけど、突然ニッコリと笑った。

「……?」

「うん、俺、頑張る。お前のこの愛があれば頑張れるさ!」

「は?」

なに言ってるんだろう、彼?



……この言葉の意味と、自分の気持ちに気付くのは、もっともっと先の話。



end.
ニックネーム 由姫 at 21:12| Comment(3) | 夕立後に会いましょう【短編集】

2008年07月02日

生まれ変わるなら――B

どうしてそんなに笑えるのか。
どうしてどうして、楽しそうなんだ。

彼女たちを見ていると、いつもそう思った。小さなことを大きな笑いに変えて、どんな事にも熱中できて、恋の話をする時の目はキラキラとしていて。
僕からすれば、彼女達は「オンナノコ」と言う未確認生命体の一族だ。クラスの男子どもは「オンナノコ」の観察、研究をし、結果を女子のいない放課後の教室で行う「学会」で発表する。

「俺、このクラスで一番可愛いのはやっぱしカナだと思うぜー」

「えーお前趣味ワリー。ユウナだろユウナー」

「ユウナは胸がでかいだけだろ!このエロエロ野郎!」

「んだと〜。ユウナは顔も可愛いぞ!」

こんなくだらない「観察結果」やワイ談をいつも繰り返しているが、彼らの口はいつも止まらない。

みんなみんな、「オンナノコ」の凄さがわかってない。彼女達は喜怒哀楽がはっきりとしていて、おしとやかな面もあって、それでもって明るくて、いつも輝いていて……。

それで皆、可愛いんだもんな。




……なんとなく、「オンナノコ」になってみるのも悪くない気がする。


end.
ニックネーム 由姫 at 20:39| Comment(0) | AアンドB【2連短編集】